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血の繋がらない家族

健康に関すること

gigazine.net

 

世界中で毎秒99GBのAVのやりとりがされているそうです。

ネットの半分はエロ,という言葉を誰かが言っていましたがまさにそのとおりだと思います。形の残らない情報であることに価値を見出しているユーザーがやはり多いようです。

 

それにしても性的嗜好をグチグチいいませんが,ジャンルでみると血のつながっていない家族シリーズの需要が非常に多いのですね。

こうやって統計を見ると,世界が少し身近に感じます。

Iot技術を駆使したヘアブラシ

健康に関すること

japan.cnet.com

 

Withingsというメーカーはこれまでスマートフォンと連携した体重計や腕時計を作ってきましたが、今度は何を血迷ったのかヘアブラシを作ったそうです。このヘアブラシで髪をすくだけで髪の状態を記録し気象データと合わせて様々なアドバイスをしてくれる、とのことです。

どうもダイソンのような変態技術の集まった企業になりつつあります。

いいぞもっとやれ…。

表現手段を増やす

自分に関すること

表現の手段は年々増えています。表現の手段が増えることはコミュニケーションを増やすことにつながります。

コミュニケーションの場が増えることは単純に良いことと考えがちですが、同時に様々な問題にもぶちあたります。例えば、ツイッターでも間抜けな写真を投稿して社会問題にもなります。youtubeに投稿した動画は大勢に見られ、好評も酷評も全員に見えてしまいます。

表現の場が広がることは、それを評価する場も広がるということです。それを理解せずに想定していない人からの評価に驚くことが多いです。

 

表現の手段を広げることでより多くの人とコミュニケーションをとることができるようになります。何かを表現することは誰かが何かを評価することにもつながります。誰かから評価されていることを理解した上で表現することが大切です。

戦術を選ぶ

教育に関すること

gundam-vs.jp

 

ゲームセンターで稼働しているガンダムバーサスシリーズの現行作です。今作からオンライン対戦もできるようになり、ゲームセンターに行けば2対2の対戦ができるようになりました。2対2なので相手二人と一緒に相方の状況を確認しつつ対応していく必要があります。

 

単純に敵の相手を見る、といいますが非常に苦労します。フィールドの四隅との距離、敵2機との距離、相方との距離など、同時に見て総合的に瞬時に判断する必要があります。普段、指揮する人だけが大局を見渡せれば良い、と考えがちですが、一人ひとりが大局を見渡し、自分の動き方を判断することも必要です。これは教育でも同じことが言えます。

 

教員を目指す者はほぼ確実に「児童生徒の表情を見ること」「様子を看取り適切な指導をすること」を教わります。しかし一方で、それが出来たからといってどうすべきなのかはなかなか教わりません。これは先のゲームでいえば、下の動画の50秒から1分をご覧ください。恥ずかしい限りですが私のプレイ動画です。

 

 

相方が敵2体に襲われている状況です。この状況では「相方を見捨て態勢を整える」「助けに向かい混戦をする」という選択肢があります。私は救援に向かったが危険を察知し手を引いたような形を取りました。これは誰かから教わったのではなく、自分の経験値に基づく直感によるものです。教員の多くは研修の機会で多くのことを学びますが、教員としての力量の大半を経験値から学びます。しかし、1人の人間の経験値では見る視点も固定化されがちで新しい知見を得ることは難しいです。そのため、他の人の実践を見て学んだり、自分の実践を上の動画のように見返して反省することで見る視点を増やしていく手段があります。

 

見る視点を増やすとある状況におかれたときの選択肢が増えていきます。それは戦術の量であるといえます。選択肢が増えるということは手札が増え、状況だけでなく相手に応じて変えることが出来ます。

責任問題

教育に関すること

12月28日にUSBにデータを入れて持ち帰ったってことは年末年始も”自宅で仕事をする”つもりだったということになります。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

このニュースには色々な話題が潜んでいます。

 1.55歳の教諭が年末年始も仕事を家に持ち帰っている

 2.被害者であるが加害者であるような報道の仕方

 3.おおみそかに保護者会を開き謝罪していること

 

情報流出の案件としては、なかなかない案件かと思います。紛失やサイバー犯罪が教育現場の情報流出の主たる原因ですが、ひったくりはなかなかない案件でしょう。

校長の対応も素早いところも注目できます。緊急に保護者会を開き、事情を説明しています。言い方はよくないですが、炎上案件の鎮火は非常に早いかと思います。年始を挟み、始業式には改めて説明と謝罪があることでしょう。

校長の名前まで報道に出ているのはそういった責任の所在を明確にするためにも効果的です。内実はわかりませんが、記事を読むだけでは安心できる管理職であると感じました。

今年の目標

自分に関すること

新年早々やらかしました。

 

興味をもって購読した雑誌が昨年末買ったものでした。

今年は買う前に一度立ち止まって考えたい、そう心に誓う2017年です。

心に染みる言葉

その他

あけましておめでとうございます。

 

正月は特にすることがない、というと違うのですが、いつもと比べてゆったりできるので本を読んでいます。興味のある本のはずなのに、なかなか心に染み渡るような言葉に出会えていません。これは非常に不思議な事です。読みたいと思っている本、知りたい・考えたいと思っている文章のはずなのになぜ心に染み渡らないのでしょうか。

 

一つに、自分の思っていた意見や自分の想定を超える意見ではない、ということが考えられます。私たちはそれぞれが思い通りになって欲しいと思っています。そのため、思い通りにならない情報は排除し、思い通りになる情報だけ聞き入れるような心理をしがちです。だからこそ、自分の思ってたとおりだ、自分にはなかった面白い意見だ、ということがない限り心に染み渡らないのでしょうか。

 

一方で、心に染み渡らないからこそよく読むべき、とも考えています。探しやすいところに宝物を隠さないのはRPGでよくあることです。よく探すからこそ見つかるものもあります。読書でも一緒ではないでしょうか。一通り読んで納得した文章があっても再読してみると考えが変わることがあります。何度も読んだり、読む視点を変えることで見えることも変わるのではないでしょうか。すると心に染み渡るのかもしれません。

 

され、「心に染み渡る文章とは何か」「そもそも心に染み渡る、とは何か」という議論を棚に上げて書いてみましたが、そもそも心に染み渡るかどうかあまり重要ではなさそうだと感じています。読んで何を得たのか、読んでどう思ったのか自体が大切でしょう。だからこそ、本を読んで何らかのアクションを持つことが大切なのです。○○法の本を読んだから明日から△△をしよう、というだけではありません。この著者はこう言ってるけど本当にそうなのかな、と疑問を持つだけでも良いと思います。